今回の一連の医療改悪に関して大切なのは、報道機関がどのような役割を果たしているか?という事です。「これは政府の広報紙かな?」と誤解するほど政府・与党の言い分に追随しているところや、医療機関があたかも『悪』であるかのような恣意的な報道をしているものがあるからです。まさに大政翼賛体制です。
国民の健康を左右するような大切な時期であるだけに、マスコミには正確な報道をお願いしたいところです。
その3 朝日新聞 平成9年9月6日朝刊 社説
『医療費の不正請求をなくせ』
今回は朝日新聞の社説です。
今月から、病院や医院の窓口で支払う患者負担が上がった。薬代の一部負担も新たに加わった。「それにしても、患者ばかりが財政赤字のツケを払わされるのはおかしい」と感じている人は多い。
これはその通りだと思います。現場にいると患者サイドの不満を(恐らく報道機関よりも)痛切に感じることが出来ます。
今回の改正のように、医療費が増え続ける構造をそのままにして
、目の前の財政赤字を患者負担の引き上げで埋めても、数年後には 再び医療保険は赤字となる。保険料や患者負担の引き上げが繰り返されるだけだろう。
医療費がむだに膨らみ続ける構造にメスを入れなければ、ほんとうの制度改革にはならない。
では朝日新聞が言う『医療費が増え続ける構造』とは何を指しているのでしょうか?医療費の中で、他国に比べて日本の薬剤費が高い事が指摘されているのはすでに橋本総理自らが認めているところです。これを是正すれば今回の患者負担は不要、とも言われていましたが政府・与党とそれをサポートする一部マスコミが患者負担増をゴリ押しした、というのが真相では無いでしょうか?そう言えば、朝日新聞は日本の薬剤メーカーが今の医療構造の中でどれだけ高い収益を得ているか、という報道はほとんど取り上げていませんね。これは明らかに不自然で、日本の医療費を語る時に大きな欠落要素になります。説得力を欠きますよ(^^)。
なかでも許せないのは、医療費の不正請求だと声を大にして主張しています。これは大賛成。不正行為をはたらいて違法な収益を挙げている医療機関はどんどん摘発されるべきです。それは医療機関に限らず当然の事でしょうね。朝日新聞は例の如く大阪府の安田病院グループを金科玉条の如く取り上げていますが。『その1』にも述べたように、例外を一般化するのはやめましょう。それから安田病院グループには厚生省OBの関与がウワサされています。その真偽を確かめる役目がマスメディアにはあるでしょう。その役目を果たせるのは、マスメディアしか無いからです。正義の味方、朝日新聞は権力に迎合なんかしないんでしょう(苦笑)?
朝日新聞の社説には3つの提言があります。(1)レセプト審査を早く機械化し、基本的なチェックは機械に任せ、
人による専門的な審査をもっと効率的で目の行き届いたものにすべきだ。 (2)脱税に重加算税がかけられるように、不正請求にも経済的な罰則を設けることを検討してはどうか。(3)身内に厳しい姿勢を、改めて医師会に求めたい。
という3点です。しかし、この記事に多々出てくる『不正請求』という言葉の認識に明らかな間違いがあります。『過剰請求』という言葉も8月31日付けの記事には出てきていましたが、これも含めて『不正』とするのであれば、出発点が間違っている(又は不勉強、又は無視)としか言いようがありません。
出来高払い制の日本の医療制度の中では『この患者さんは熱が高いし咳もひどいから、抗生剤を出しておこう。ひどくなれば肺炎を併発する危険性もある(抗生剤は細菌感染の進展を防ぐ働きがある)』として処方した抗生剤を、審査の上で『不必要』として削除される事があります。それは不正でも過剰でも無く、見解の相違の類のものです。それも含めて『不正』『過剰』と言うのであれば、朝日新聞の記者は医者にかからない事です。
その2 毎日新聞 平成9年9月2日朝刊
『高価な日本の新薬、7割が欧米で未承認−−FDA元長官ら比較調査』
これは1990年から5年間に日、米、英、独の4カ国で承認された新薬を比較した国際調査の結果報告。日本で承認された新薬の70%がほかの3カ国では未承認であることが1日、分かった。一方、米、英、独の3カ国で承認された新薬の82〜92%は他国でも承認されており、日本の新薬の多くが国際的には評価されていない実態が浮かんだとしています。また、こうした日本的薬剤(ローカルドラッグ)には、高い薬価がつけられている。国民医療費約27兆円の3割近くが薬剤費で、その比率は欧米のほぼ2倍だそうです。
調査は米食品医薬品局(FDA)元長官のケスラー医師ら同局幹部が、米国の医薬品承認の実態を他国と比較する目的で実施。医薬品市場の規模が大きく、有力な製薬企業を有する日、米、英、独の厚生当局に、新薬承認に関するデータを請求して作成。米国では昨年末、発表された。
調査対象になったのは、90年から5年間に、日、米、英、独の4カ国で新薬とし て承認された計185の化合物。国別に見ると、日本が最多で96、次いでイギリス
87、ドイツ78、米国76の順になっているそうで、これで見ると日本の新薬承認数の多さが目立っています。しかし米国では92%、ドイツでは88%、イギリスでは82%の新薬が他国でも承認されたにもかかわらず、日本はわずか30%で、70%の新薬は日本だけの承認だった。
これはどう言う事なのでしょうか?つまりよその国では『これは薬としては認められないな』というものが日本では堂々と新薬として発売されている、という事を意味しています。
医薬品の発売後、薬価が徐々に下がっていく日本の薬価基準制度では、製薬企業は、高い薬価がつく新薬を次々に開発することを迫られている。このため、化学構造式を一部変更、同じ程度の有用性しかない医薬品を新薬として申請することが目立ち、厚生省も承認してきた。つまり、『他の国では、薬として認められないような効果の低いものを、日本では薬として承認し、しかもその薬に国・厚生省は高い値段(薬価)を付けてきた』という事なのです。
医薬品に詳しい専門家は「厚生省は薬事行政を国際的水準に高めるべきだ」「日本の医薬品市場には、効き目はないが高薬価の薬があふれている」などと指摘している。では、 なぜ厚生省はこのような薬に高い値段(薬価)を付けてきたのでしょうか?それは厚生省のお役人の天下り先とも関連しています。
このような日本の医療費の根幹部分の報道は重要です。
その1 朝日新聞 平成9年8月31日朝刊(13版)
『医療費2000億円払いすぎ』
診療報酬明細書95年度を再調査 不正や過剰請求
とするこの記事は病院や診療所が健康保険組合などの保険者に医療費を請求する診療報酬明細書(レセプト)を、保険者側の求めで社会保険支払基金や国民健康保険団体連合会が再審査した結果を公表したもので、1995年度だけで二千億円規模の過剰な支払いがあることがわかり、その分の医療費が減額されたことが明らかになったとしています。更に医療機関側の「架空診療」などによる不正請求や不必要な投薬や検査による過剰請求が一つの要因で、こうした水増し請求やレセプトのいい加減さが医療費の膨張の温床となっていることが浮き彫りになった形だと結論づけています。
しかし、これは本当でしょうか?私の診療所でも支払い基金から患者さんに行った検査や薬が、『不必要』と判定されて支払いを減額される事があります。しかし、それは『私は必要だと考えた』が『審査側は不必要だと考えた』という『見解の相違』的次元のもので、朝日新聞が指摘しているような『不正請求』でも『架空請求』でもありません。患者さんの保険証番号が間違っていたり、古い保険証を持ってこられて減額される事もあります。その意味で、この記述は不正確であり一般論にまで拡大するところに恣意性を感じます。どこかに具体的なデータが示されているかと言うと、出所の明らかなデータはどこにもありません。でも朝日新聞に言わせると明らかになったのだそうです(苦笑)。
朝日新聞は再審査でもわからない不正請求は相当な件数にのぼるとされ、患者が来ていないのに来たことにする架空請求や、検査回数を水増しする付け増し請求、安い薬を投与したのに高価な同種の薬に書きかえる振り替え請求が典型例だ。それ以外に不必要な検査や投薬をする過剰請求もかなりあるとみられる。と決めつけています。このみられるとするところがすごいですね。誰がそう見ているのでしょうか?(苦笑)。憶測でモノを言いながら一面トップ記事に持ってくるという、この見識の素晴らしさ(爆笑)。
またこの記事の不正確さの典型は次のようなところに見られます。「架空請求」とは異なるが、本来の病名だと保険外になるため、レセプトに架空病名を書くことは、大病院でも行われている。「レセプト病名」だ。例えば心筋こうそくに効く薬の「パナロジン」は、脳こうそくだけの保険適用なので、レセプトの病名欄に「脳こうそく」と追加する。
ここに出てくるパナロジンという名前の薬剤は存在しません。文章の流れからすると、これは恐らく『パナルジン』という薬の事だと思われます。こんな大切なところで初歩的なミスをしながら、これまた堂々と一面にこの記事を持ってくる朝日新聞の見識には思わず唸ってしまいます(苦笑)。しかも訂正記事すら出ていません。この部分だけでも、この記事の信頼性が伺えます。
残念ながら確かにこの記事のような不正行為をする医療機関が存在するのも事実でしょう。しかしそれを一般論にすり替えて、あたかもほとんどの医療機関が不正をしているような印象を植え付けようとするのは報道機関の姿勢として問題ありです。もし一般的に横行しているという事実があるのなら、そのデータを公表するべきです。憶測で記事を書くのであれば朝日新聞は報道機関としての品性を疑われてもしょうがないでしょう。私は『ほとんどのマスコミは、自分で珊瑚礁にイタズラ書きをして『犯人は誰だ!?』なんて記事を平気で書くものだ』とは思っていません。例外を一般化して議論をすり替えるのは、稚拙な素人のやる事です。
逆に医療費圧縮を至上命題とする無理な再審査で、正当な医療行為を『過剰』と審査されて裁判に発展し、医療側が勝訴したケースもあるという事を朝日新聞は認識すべきです。朝日新聞は元々勧善懲悪が好きな傾向にありますが、このような捏造に近い記事をこの時期に一面に掲載する事の真意はどこにあるのでしょうか?一医療従事者として、朝日新聞社の報道姿勢に抗議の意志表示をしておくと共に、ここまで憶測を連ねた原稿を書いた記者の氏名を明らかにする事を要求します。ちなみに一読者でもありますが。