5/4 晴れ
約半年振りのトレッキングだ。
今回も例にもれず、準備、宿の予約は一切していない。
午前中は病院でどうしても患者の診察があった。それで、午後、帰宅後荷物をパッキングし始めた。ザックが本格登山で使うほど大きくはないので、テント、シュラフ、調理道具でもう既に一杯だ。とにかく、詰め込むことに苦労する。
今回の目的地は黒部峡谷・祖母谷温泉だ。
ここは、河原に熱湯が沸いているワイルドな温泉とのことだ。しかも、山小屋の前ではキャンプもできるという。まさに僕にとってはうってつけのフィールドだ。昨年秋、行くタイミングを逃し、雪の解けるこの時期を待っていたのである。実際、河原の温泉に浸かり、キャンプをし、自炊の料理を食べたい。
夕方6時前の大阪発スーパー雷鳥に乗り込んだ。時間のせいだろうか、GWのわりには、そんなに混んでいない。約3時間後、富山駅に着いた。
僕がやっているような旅では、当然、宿をどうするかが問題になってくる。あえて、予約はしないのである。
このような、展開の見えない旅が僕は好きだ。
電話帳で調べた。
ところが、駅の公衆電話の電話帳は旅館ホテル関係のページが無惨にも手でちぎられている。
このような一部の不心得者に旅行気分を害されたくないから、少し離れた電話ボックスで調べた。
近くに仮眠室付きのサウナがあった。雑魚寝はまったくかまわない。
今日はここに泊まることにする。
明日は念願の黒部峡谷だ。
5/5 快晴
朝、サウナを出て、富山地方鉄道富山駅に向かった。
ちょうど特急が発車した後だった。次の特急まで1時間待つこととなった。日頃なら、目的地までいかに早く着くようにするか考えるのだが、このような旅行スタイルではのんびりと行きたい。
特急うなづき号に乗る。一面の田園地帯を単線の特急が走る。遠くに雪を冠った山々が眩しい。1時間ちょっとで宇奈月駅に到着した。
この先はまさに黒部峡谷で、道はないが、もともとダム開発用につくられ、今は観光がメインとなっている黒部峡谷鉄道に乗り換える。
祖母谷温泉は、終点の欅平から徒歩50分だ。欅平までの切符を買おうとしたが、駅の掲示板を見て驚いた。
『運行区間:宇奈月〜出平』
今年は、雪が多くてまだ除雪が進んでいないのだという。
出平は欅平の十数キロ手前だ。しかも、登山道はない。
一瞬、悔しかったが、こんな展開もまた良しとしよう。
山菜そばで気をとりなおした僕は、案内所で調べた。
やはり、露天のあるところがいい。出平の手前に黒薙駅があり、その近くに黒薙温泉がある。泊まれるかどうかは別にして行くことにした。
トロッコ電車はゆっくり、まだ残雪が多いが、まばゆいばかりの新緑の山々をぬってゆく。
黒薙駅で下車し、温泉への道を探した。が、そんな道はない。
鉄道の支線がここから狭いトンネル内に進むのだがそこに黒薙温泉の矢印を発見した。
矢印の方向はなんと、その鉄道の支線のトンネル内を差していた!!
生まれて初めて、真っ暗なトンネルの線路の上を歩く。途中で、温泉に向かうトンネルが分岐して、歩くこと約10分、グリーン色の水が流れる峡谷に出た。
轟音をたてる川べりに露天風呂がある。川の向こうは切り立った崖、背後は残雪という風景である。
川べりを歩くと一軒宿『黒薙温泉』がある。とても古い木造建築で、湯治宿もある。
今日はここに泊まってみたいが、聞いてみたら一杯である。しかし、数分して、『あんた、一人?自炊でいいなら、なんとか準備してやるよ。』
うれしかった。
実際、日本の伝統的な風習の湯治、その湯治宿に泊まって自炊するなんてなんと面白そうではないか。
本来なら共同生活なのだが、その部屋は僕一人だけであった。
畳に寝転がると、川の轟音が聞こえてくる。
夕方になり、自炊することにした。
薄暗い自炊場で米を鍋でぐつぐつとたく。昔から、ここで人々は湯につかって、飯をつくって、体をやすめたのだな...そんな感慨がわく。
作ったのはツナカレーであるが、最高のごちそうに感じられた。
夜、露天に出かけた。人はほとんどおらず、闇、川の音、満点の星がつつむ。
仕事でしんどいことがあっても、この旅の心だけは忘れないようにしたい。
至福の時間を過ごした。
5/6 晴れ
朝から露天に浸かった後、出発した。
宇奈月まで戻ったのは良いが、さて、どこに向かおうか。
やはり、温泉にはこだわりたい。宇奈月温泉は政府登録旅館があるような温泉街で、僕の旅行で興味を示すところではない。
地図を見ていると、立山の室堂にある温泉は日本最高所の温泉だ。これから、立山に向かうことにする。
電車に乗ること2時間出立山駅に到着。ケーブルに乗り換え、美女平に着く。
周囲を見て驚いた。まだこの辺りでも数mの雪が残っているのだ。高原バスに乗り、室堂に向かう道から見える景色は一面に深い雪で、完全に雪山である。室堂のターミナルの少し前ではなんと残雪が13mだ。
周りは完全に雪原で、そもそも、アイゼンをつけていない僕は滑ってとても歩きにくい。
これから、宿を探す。
温泉の沸く山小屋、みくりが池温泉で尋ねると、宿泊可とのこと。
実は、約20年前にも立山登山のために家族と来たことがある。そのときは、質素な山小屋という感じがしたのだが、いまはこぎれいになっている。
宿泊客はスキーヤーが多く、一部、登山客がいる。おそらく、ここまでわざわざ温泉に入るためここに泊まる客はいないだろう。
さっそく温泉にはいる。露天ではないが雪原を見ながらの温泉はおつなものである。また、温泉はかなり白濁しており、硫黄臭がある。
もう少し、雪が少なく、装備があれば立山にも登れるのだが、この状態では危険である。また、以前来た時は登山してご来光も見たし、今回は雪山の景色を楽しむこととしよう。
明日はこの周りをトレッキングしたい。
5/7 晴れ
朝から、あちこちでスキーヤーが山スキーを楽しんでいる。気温計は5度を示している。僕は、余分な荷物をおいて、雪原をトレッキングした。踏み固めてある雪道を外れたら、足が埋まる。しかし、雪の少ない和歌山で生まれた僕にとっては、それ事体が新鮮だ。
雷鳥が近くまでやってきた。どうも、つがいのようだ。
この季節は体が白い。夏になるに従って、黒っぽくなっていくのである。
雪の中で何を餌にしているのか巣はどんな形なのか...
雷鳥をと雪原を見ながら色々考えているうちに、素朴に、この自然だけは壊さないでほしい、と感じていた。
僕は、いわゆるツアー旅行、観光旅行が嫌いである。
実際、この立山の室堂には普段着のショートステイの観光客が多い。
しかし、もし、自主性がなく連れられるがままの旅行であっても、この自然にふれ、そして自然を大事にしようという気持ちが少しでも芽生えるなら、それはすごく意味のあることではないか。
色々考えているうち、昼も過ぎ、そろそろ帰る時間になってしまった。
トロリーバス、ロープーウェイ、を乗り継いで長野側・扇沢へでて、帰路についた。